サ変動詞「する」の未然形「さ」の成立の原因と過程

Joschl

Member
Japanese
皆さん今日は。サ変動詞「する」の未然形「さ」が成立する過程について詳しいことをご存じの方はいらっしゃいますか。日本語の言語学の専門文献が入手できない状態にあるので,確かなことが調べられず困っています。

現代語のサ変動詞は未然形と終止形にはそれぞれ複数の語幹(「さ」/「せ」/「し」と「する」/「す」)が共存していますが,助動詞「さす」と「らる」に接続する語幹の「せ」から「さ」への歴史的な変遷について教えて頂ければ幸いです。助動詞「す」と「る」はア段に接続したがるので子音を重複させながらアを前方に付けることによりア段に接続できる状態にあった訳ですから「せ-さす」と「せ-らる」の儘でも差支えなかったはずではないかと疑問に思います。それは,助動詞「(さ)す/(ら)る」が連用形をベースに一段化した後も終止形が連体形に吸収された後も変わらなかったはずです。関東で未然形「せ」が連用形「し」に圧迫されて二段化(し/し/する/する/すれ/しろ)して行った過程は理解し易いのですが,「さ」の語幹が成立した過程が未だに理解できずにいます。お知恵を拝借できれば幸いです。
 
  • Flaminius

    hedomodo
    日本語 / japāniski / יפנית
    ヨシさん、こんにちは。すぐには文献調査の見込みが立たないので、二、三考えたことだけを書きます。

    「せ-さす」と「せ-らる」の儘でも差支えなかったはずではないか
    「せさす」は明らかに[s]音を過剰に持っているので、音変化の動機があります。五段動詞の未然形を流用するのが「愛さす」(> 愛させる)です。この変化が「せらる」に波及したのが、「愛さる」(> 愛される)でしょう。逆の順序では起こり得ません。

    サ変の未然形には「達せられる」「達せさせる」「達しない」と活用し、使役と受身で本来の活用形を残すものもあります。語幹末の重子音が形態保存の動機になっていることが推測されますが、否定で「達せない」とならないことに注意が必要です。現代語では「達せない」は可能動詞の否定形と理解されるので、可能動詞を派生させるためには派生元動詞の否定形は別の活用形に移る必要があったのではないでしょうか。

    「せさす」には音韻的な変化の動機があり、「せらる」の変化には音韻的な必然性は乏しいですが、前者を受けての一般化と旧来の形態を可能の意味に専属させるという意味上の都合の両方があったと考えられます。

    未然形語幹サの成立時期はかなり最近であると読んだことがありますが、今は見つかりません。傍証となりそうな事実として、中納言コーパスで「愛さ」を検索したところ、最も早い用例が「良人に寵愛されて」でした(松亭金水「花廼志満台」1795年)。次に古いのが「草聖の書奔放駭逸なるを愛さん」(岡倉天心「書は美術ならずの論を讀む(一)」1882年)でした。とりあえず、江戸時代後期までは顕著ではなかっただろうと予想します。
     
    Last edited:

    Joschl

    Member
    Japanese
    Flaminiusさん,ご返答有難うございます。「せ-さす」(終止形と連体形の統合「せ-さする」を経て「せ-させる」)と「サ行音が多くなる」ことを回避するための重音省略(Haplology)が起こった可能性は私も考えました。本来の未然形語幹「せ」が落ちて助動詞「さす」の前部「さ」が「する」の未然形語幹として再分析され,それと同時に「する」に後続する助動詞も「さす」ではなく「す」,「らる」ではなく「る」と再分析された可能性は皆無ではないのではないかと思いますが,具体的な資料なしには分かりません。この再分析が行われたとすると,それまでの原則「四段動詞には「す」それ以外の動詞には「さす」」が崩れることになり,この状態は結局今日まで続いている訳ですよね。

    「愛す」はサ変動詞でしたので未然形は「愛せ」ですが,「愛す」の四/五段化過程についての詳細な知識がございませんので,Flaminiusさんのご意見を参考にさせて頂きます。「達す」についても興味深いご指摘有難うございます。だた私の場合「達す」の未然形は「達せ-ぬ/ず」か「達し-ない」ですね。それと呼応して命令形も「達せ-よ」か「達し-ろ」のどちらかです。今では「達さ-ない」という未然形があるというのは驚きです。それと同様,少なくとも私の場合には語幹末に「-e」を添加して「可能動詞」を作ることができるのは五段動詞だけなので,サ変動詞「達す」で「達せ・ない」という構文を「可能」と読み取る可能性はゼロに近いですね。私であれば「達することができない」とか「達せられない」と言います。更にサ変動詞の場合には助動詞「ぬ/ず」を取る語幹「せ」と助動詞「ない」を取る語幹「し」が明確に区別されていますから,私には「達せない」という構文は二重に奇妙な感じがします。私も国立国語研究所の「日本語歴史コーパス」に利用登録してみようと思います。日本国外からでも登録できれば良いですけど…
     
    Last edited by a moderator:

    Joschl

    Member
    Japanese
    今日のインターネット検索で,一部「せ-さす」と「せ-らる」に関与する明治時代の「文法上許容スベキ事項」という刊行物と,その背景にある事情をある程度知ることが出来る島田康行氏の論文「明治期における文語文法改定の試み : 『現行普通文法改定案調査報告之一』再考」を見付けましたので,以下該当リンクを載せておきます。興味のある方は,参考にして下さい。

    「文法上許容スベキ事項」
    $BJ8K!>e5vMF$9$Y$-;v9`(J
    「明治期における文語文法改定の試み : 『現行普通文法改定案調査報告之一』再考」
    https://www.google.de/url?sa=t&rct=...review/4.pdf&usg=AOvVaw06BKeKyLpFyBGjUCuublk2
     

    Flaminius

    hedomodo
    日本語 / japāniski / יפנית
    ありがとうございます。文部省告示第158号「文法上許容スベキ事項」(1905年12月2日)は、国会図書館が公開する官報にありました。このスレッドに関係あるのは第5、6項ですね。
    五、「ヽヽセサス」トイフベキ場合ニ「セ」ヲ略スル習慣アルモノハ之ニ従フモ妨ナシ
     例
      手習サス
      周旋サス
      売買サス
    六、「ヽヽセラル」トイフベキ場合ニ「ヽヽサル」ト用ヰル習慣アルモノハ之ニ従フモ妨ナシ
     例
      罪サル
      評サル
      解釈サル

    島田康行さんは先行研究(岡本勲さんのもの)に依拠して、第5、6項の習慣を文部省がどう考えてきたかについて
    「さす/さる」が「せさす/せらる」の約まった、いわば俗語的な用法に由来するという認識に基づいているのだろう。
    と主張しました(46-7ページ)。文部省の編修による教科書にこれらの習慣が見当たらないことは、この認識があってのことでしょう。ただし、この認識が現実と整合していたのはそれほど長い期間だったとは思えません。文部省告示以降の新聞によれば(神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫で「さる」を検索)、大隈重信は1915年に「支那の君主制復活は今日の形勢よりすれば必然実現さるるに至らん」といい、1919年には内藤湖南が「例えば支那から来る新聞に掲載さるる電報を読むにも、余程の注意を要する」と述べました。後者の記事には「南方一派に利用せられざれ」という見出しがついて規範の揺れを示しています。これだけでは、「さる」が「せらる」より多く使われていたとは断言できません。しかし、1941年には朝日新聞が「宣戦の大詔渙発さる」という見出しで日米開戦を報じました。1905年当時には改まった場面にそぐわない形式であったかもしれない表現が、戦前の最高に改まった場面で使用されたわけです。仮に30年程度で認識が変わったとすれば、ら抜き言葉の受容と同じ程度の時間が経ったことになります。
     

    Joschl

    Member
    Japanese
    Flaminiusさん,今日は。「Xさす/さる」という表現方法は「文法上許容スベキ事項」で取り上げられる以前に口語では既にかなりの広まりをもっていたのではないでしょうか。「Xせさす/せらる」は規範文法が望まれる場面,「Xさる/Xさる」はそれ以外の場面で用いられることが望ましいという語用に関係する差異も実際にはそれ程大きくなかったのかも知れませんね。

    島田康行氏が「サ行四段活用+「す/る」の形からの誤った類推と考えられる」(p46)と仰っておられますが,これはあり得ることだと思います。「せらガ約マリテさトナリ,せさガ約マリテさトナル「...」」という変化は音韻論のみで説明できるものではないでしょうし,特に「せらガ約マリテさトナリ」という解釈には無理がありますね。こういう変化は独立した単語単位ではなく実際に使用される複数の単語の配列の中で起きるものですからね。サ変動詞自体には本来無縁であった「ア段」が入り込む要因は,私にもサ行四段動詞以外には見当たりませんが,方言学で取り上げられている「一段動詞のラ行五段化」という現象を見ると,活用形の「五段化」現象は他の活用パターンにも広まっていることになりますね。私が話せる方言には五段化傾向がある一段動詞がないので「見らん」や「見らない」という語形を自然だと感じられる語感がありませんが,興味深い現象だと思います。
     

    Flaminius

    hedomodo
    日本語 / japāniski / יפנית
    方言学で取り上げられている「一段動詞のラ行五段化」という現象を見ると,活用形の「五段化」現象は他の活用パターンにも広まっていることになりますね。
    歴史的には上二や下一だった「恨む」や「蹴る」、一例しかありませんがナ変動詞、ラ変動詞も五段動詞化しています。変化の要因はさまざまでしょうが、五段化はかなり広範な影響があります。サ変の未然形も五段化の影響が及んでいると見てよいでしょう。サ変に固有な事情として上で「せさす」について議論しましたが、「せらる」についても言及しておきましょう。

    内藤湖南(1919年)「掲載さるる」を見て思ったのですが、規範的形態「掲載せらるる」は[r]を過剰に持つので子音削除への動機がありそうです。連体形を取り出したのは、これがやや形を変えて終止形を代替したと見られるからです。
    se-raruru > *se-(r)aruru > s-aruru (前母音削除) > s-areru
    上のような変化が想定できます。*se-(r)aruruは理論的な段階であり、文証されてはいません。重音省略とCV制約による前母音削除は同時に起こったと考えられます。

    もう一つ「せらる」が「される」に変化したについては、尊敬も受身も表せる形態から受身を分化させるという意味上の要因もあったかもしれません。「さる」が尊敬の意味で使われた例をあまりみないのです。ここまでくるとサ変未然形の変化は「戦前のら抜き」であると雑にまとめたくなります。結局、尊敬も「される」に合流したので、強いて分析する意味はないかもしれませんが。

    ラ行五段化について調べたら、この論文に行き当たりました。
    佐々木冠「本土諸方言の動詞形態論の歴史的変化: ラ行五段化を中心に」2018年発表。
    発表の最後に進行中のサ変動詞の改新についてちょこっと報告されていました(28ページ)。つまり、千葉県南房総市三芳のことばでは「される」と「させる」以外の活用形が全て「し」に接続するようになりつつあるそうです。この結果、サ変動詞の語幹が標準語で{su-, si-, s-}と交代するところ、三芳方言では{si-, s-}になっているということらしいです。
     
    Last edited:

    Joschl

    Member
    Japanese
    ラ変動詞とナ変動詞については,数が少ないだけでなく活用パターンも四段動詞に著しく近いので,ラ変動詞とナ変動詞が五段化したのは自然に思えますね。ラ変動詞の場合,終止形(Xr-i)が連体形(Xr-u)に圧迫されて統合されて行く過程を考慮すると,予想できないことではありませんね。ナ変動詞の場合でも,連体形と連用形に限られた語幹の拡張部(-ur-)が脱落し全ての語幹が均一化され,それにより終止形,連体形,連用形の間での「二段型」を思わせるような活用パターン(X - Xru - Xre)も消えることになり,ナ変動詞の屈折接辞は四段動詞のそれと同様のものでしたし,全体的に四/五段型の活用パターンを生かして統一されていったのでしょう。

    サ変・カ変・二段動詞は未然形・連用形・終止形の語幹末母音が語幹母音でもあり語尾母音でもあるため,四段・ラ変・ナ変動詞の様に語幹母音と語尾母音の区別がなかったことは,語幹形の変化の要因の一つであったでしょう。しかし,語義上重みのあるはずの語幹母音「-e-」が文法上要求される「-a-」の犠牲となるという現象は,音韻論的に見て/a/は/e/より聞こえ度が大きいと見ても,興味深いですね。それは,「-r-a-」(-r-はHiatus回避目的の挿入音と解釈できるでしょう)を動詞語幹の拡張部(se-r-a-)と解釈しようが,助動詞語幹の拡張部(-r-a-ru)と解釈しようが,同じことでしょう。

    サ変動詞は既に「し/し/する/する/すれ/しろ」と一部「二段化」を経ている訳ですから,語幹の母音交替を更に減らして極力/i/で統一させようとする傾向があるのかも知れませね。「される」と「させる」には一段化が及ばないということを見ても,音韻論的な要因だけではなく,結局は形態論的な現象であることが分かりますね。形態論的な理由での「五段化」を残した「一段化」ということになるでしょうか。

    「一段動詞のラ行五段化」に限らず,様々な方言の動詞の活用体系を対照的に見てみたいと感じていらっしゃる方々にとっては,「方言文法研究会」の「全国文法辞典資料集(2)活用体系」がお役に立つのではないかと思います。一つ一つの方言の活用体系の記述だけでなく,小柳智一氏による通時的な中央語の記述「中央語における動詞活用の歴史」も興味深いとお感じになる方もいらっしゃるのではないかと思います。宜しかったら参考になさって下さい。以下のサイトからダウンロードできます。
    方言文法研究会『全国方言文法辞典資料集(2) 活用体系』
     
    Top